理学療法士・波田野征美の『波田ログ!!』

理学療法士の波田野がセラピストとしてトレーナーとしての日々

スピリチュアル系の危険性

どうも、Oriental Physio Academy代表理学療法士波田野です。
http://oriental-physio-academy.jimdo.com/



え~、私はスピリチュアル系のセラピストがとても苦手です。


「感情」だとか

「前世」だとか

「トラウマ」だとか

「家族」だとか



そういう視点で治療をしていくセラピストがいますね~。


いや、苦手とはいっても

信じてないわけではないですよ。



むしろ、そういうのはちゃんと影響していると思います。



私自身は視えないし、感じているつもりもないですが


それでも、天然石だとかのツールを当たり前のように使っていますし

その筋の人にも「感じてる人」と言われたり

某宗教法人の幹部の方が

私の治療している姿を見て

大騒ぎをしてしまったり

私が「何か出てるんですか」と尋ねたら

「ご自分ではお見えになられないのですか?」

とすごく意味ありげに言われたり


色々な人に

「魂の位が高すぎる」

だなんて言われたりもしますね。




とはいわれても

本当に視えないし、感じているつもりもない。



そういう話を聞かされて

妙に合点がいくことも多いので


本当にそういうものがあると思っていますよ。



でも、だからといって

そういうジャンルは

セラピストが気軽に手を染めてはいけない領域だなって思うのです。





前回の投稿で

東洋医学的な見地から

感情と症状の関連性のヒントを提示しましたが


だからといって、私が感情だとかの精神的なものに介入することはありません。



あくまで介入する経絡(筋膜)の選択のための指標にするだけです。



だって、どうしようもないでしょ?



ストレスなんかなくならないし

トラウマだってなくならないし





もちろん、患者・クライアントの気持ちの持ちようで

そういったストレスに対してある程度対処できるようになるから


私自身もこの経絡があるってことはこういう感情があるんじゃないか?

多少は助言しますけど






私の場合は

それが拠り所ではないんですよね。





そう。


拠り所なんですよ。



自分の治療の拠り所に

そういう精神世界への介入があると

非常に危ないなって思う。




影響あるのは事実。




でも、そういった世界に介入するのは

患者・クライアントに対して

過剰な負担を強いる危険性がある。




よくそういう治療だと

「感情の解放」として

泣くことを良しとするけど


わざわざ泣かせる必要ないよね?



無理矢理に気付かせる必要もないよね。






なんていうか・・・

そういうスピリチュアル系に拠り所を持っているセラピストって

結局のところ



自分が治せないことを

患者やクライアントのせいにしてる人が多いんだよね。





私自身も最終的には患者の責任だと思ってますよ。

結局のところ、患者の怠惰のせいで身体を壊すわけだし

一度壊れたものを治すのは容易じゃないし

治らないものもある。



それに対して、セラピスト側が過度な責任を持つ必要はないと思ってるけど



私自身がそう思えるようになったのは

自分の勉強量、それに裏打ちされた知識と技術があるから

「これだけやってるオレが治せないんだから、他の誰がやったって治せる可能性は極めて低い」

そういう自信があるからであって




もちろん、それでも治せるようにこれからもどんどんと精進はしていくから





安易にスピリチュアルに手を染めるセラピストとは

諦める

のレベルが違う。






感情とかのスピリチュアルと肉体との関連性はあるけど


それを無理矢理、泣かせてまで気付かせるのではなく



感情系と関係がある部位を調整しながら

世間話程度に引き出してあげて

気が付いたら、治ってたって方が健全だよな~。





そういったことができないから


自分自身が介入できない患者・クライアントのパーソナルな部分のせいにしてるだけな気がする。



中には本当にそういう力を持っている人もいるけど

ほとんどの人がそういう

逃げの手段として

スピリチュアルに手を染めてる気がする。





そんな徒然。


では~。